進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室 の日記
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水虫...に思う
2025.03.30
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イヤな名前である。子どものころこの「水虫」という言葉を聞いた時には恐怖を感じたことを覚えている。何故かと言うと当時の私は土曜日の午後・日曜・祭日にはまず水の遊びに夢中だった...埼玉県南部でまだ水田や池、沼、小川といった自然に囲まれたところに住んでいたからだ。ザリガニ・フナ釣り...ドジョウすくい?で厳冬期以外は日が暮れた。
だから子供心に、水に入って遊んでいると「水虫」にやられるのではないか...?と恐れたわけである。人間の恐怖とは心理学的に考察するなら「未知の何か」「理解できない何か」から自身を守ろうとする防御機制であると言われる。
そんなある日...そう小学校の3年か4年生のころがったか、東京高輪の西川本家に行き年長の従兄弟と遊んでいた時だった。
伯父が祖父母と話しているのが聞くともなく聞こえて来た....「まったくオレの水虫は質が悪いんだ。青島(チンタオ:中国)土産で帰国してからどんな医者に診てもらっても治らないよ」
伯父は三菱商事のチンタオ支店勤務で日本軍の軍需物資の買い付けが命じられた仕事だったが、当時の中国人と(まだ国民党の中華民国であり今の共産党中国ではなかった)仲良くなり、また伯父自身も好きだったからよく「徹マン」(徹夜マージャン)を一緒にやったそうである。
本当に命を縮めるような麻雀とあとで聞いた。
そこで何気なく....トイレやたばこを買いに行く時に仲間の中国人が履いていたスリッパを借りたのが運の尽きだったよ、と伯父は言った。
一発でチンタオ水虫は伯父にうつった。
そもそも水虫はカビの一種である「真菌」が人間の皮膚の真下に巣くう一種の皮膚病であって、現在の医学をもってしても根治は難しい。難しいのは重症化するまで皮膚科を受診しない。治りかけても「清潔に」+「根気よく」指定された薬を塗ることが難しいからだ。これが一生治らないと言われる所以である。
歴史的に見ても西洋人がはじめて「水虫」に出会ったのは当時のイギリスと中国(清)の戦争の結果だった。戦後に結ばれた南京条約でホンコンはイギリスの植民地となった。
ここからである.....戦争には負けたが清国の別領域での反攻が始まった。
植民地Hong Kong(ホンコン)統治のために本国から赴任したイギリス人、民間のイギリス商人は皆一応に....痒くてたまらない主に足の皮膚病にかかった。
これが歴史上に出現する「水虫」である。英語では何と' Hongkong Foot’と言う。
戦後の80年間にアスピリンで有名なドイツのバイエル薬品がリーダー的に研究を重ねた結果「抗真菌薬」のマイコスポールを開発。その後に日米欧の製薬会社が有効な真菌薬を研究し製薬化して「完治に近い治療効果」を見るまでになった。
ちなみに西川の伯父は最後までチンタオ水虫を治療しつつ召された。
「勢力を弱められるが完治は難しい」これが水虫である。
毎日の入浴と清潔を保つ努力しか対応策はない。
いかにも痒そうな水虫の足。どんなに消毒しても治らない。真菌は薬の届きにくい皮膚の下に潜んで栄養を補給する。
Honkong Foot is difficult to cure.