進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室 の日記
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沖縄を考える...
2025.03.27
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今日3月27日は80年前の1945年に米軍が沖縄の波嘉敷に上陸を開始した日である....
今を生きる我々には...特に昭和の戦中・戦後を知らない若世代には80年前の沖縄をめぐる歴史は「ナニそれ?」というimageなのではのだろうか。
英語は...'spare me the detail 'とか’....get to the point 'と言ってやたらに結論を急ぎ、説明や付帯する条件は後になる傾向が言語学的に強い。その英語思考のほうがわかりやすい。
この前日から米軍のニミッツ元帥は「ニミッツ布告」なるものを宣言して日本の沖縄における「政治を行う(行政権)」及び「裁判を行う(司法権)」を停止した。
以後1972年まで沖縄ではアメリカ米本土の行政と司法が行われるようになった。これは沖縄に住む日本人には大変なことだ。
道路「クルマは右 人は左」というアメリカの道路交通法が行われ、戦後27年間を言いたくもないが....異民族による支配を受けざるを得なかった沖縄の苦悩の始まりであった。
沖縄防衛軍の各地での戦闘についてはいずれ機会を作って述べたいが、沖縄の人(こういう表現が妥当かどうか悩む...)はあの太平洋戦争の米軍による沖縄上陸作戦で....そう 信じらえないくらいの戦死・犠牲者を出している。
考えたくもない統計によれば当時の沖縄住民の4分の1....25%が亡くなっている。この数字は老若男女のすべてであり、その中には現地招集された学生の鉄血勤皇隊や従軍看護婦(当時は看護師の用語はなかった)をも含んでいる。
言いたくもないが....戦後の日本の公教育では「如何に戦争の悲劇・被害」を忘れさせ話題にも上らせないような日本を作るか。
全てはここに集約される。心ある人...ものを思う人は考えて頂きたい。
沖縄の人たちが思う...より心の奥底で希求するのはまさにココである。
「江戸時代までの琉球王国..明治からの沖縄県の行政を経て自分たちは大日本帝国の臣民。戦後27年間はアメリカの支配の果てに今は沖縄県人として本土と同じ扱いを受けている」
ただただ.....沖縄の人々が本土のわれわれに願い望むことはただ一つだ。
「沖縄の痛みを本土の痛み」としてわかってほしい。
ただそれだけだ。
政府は....もう言ってくれるな。とばかりに、やたら沖縄振興のための考えられないくらいの予算を組んで沖縄県を支えている.....
もう今となっては「金銭賠償」によって過去の行政責任を追及しないでもらいたい..
ということなのか....
まるで「交通事故の和解」のようではないか。
ウチナンチュウ....は永遠に納得できない。
お金ではなく....sympathyがあるのか?
ここから先は皆さんにおいてお調べ頂き、ご自分の判断と意識を明らかにしていただくことになる。
自分の意見や心の思いをとじこめて生きる....これ以上に辛いことはない。今の日本においてはある意味...仕方ない生き方だと私も思う。
またニシカワはヘンことを言って....と思う範囲の、ありがたい友人・知人に反論したい。キミたちはイイだろう.....では息子や孫までが安泰と言えるのかな?
相手はすべての分野に介入して来る...
それは当時のGHQ......なのかCIAかFBIなのか?