進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室 の日記
-
クルマのありがたさ...
2025.02.21
-
伊豆はある意味沖縄に似ている。
それは「クルマの状況」だ.....沖縄はあの太平洋戦争(大東亜戦争)の米軍上陸作戦の航空爆撃と艦砲射撃で地表にあるすべての建造物は破壊された。那覇から名護までの沖縄鉄道も跡形もなく吹き飛んでしまった。戦後沖縄を統治したアメリカ軍は「これからの沖縄の物資の輸送・旅客の移動については道路整備による」とした。
結果....沖縄の鉄道は存在せず「クルマ社会」が到来した。だから沖縄では家族の人数と同じかそれ以上のクルマが各家庭に存在する。もっとも、台風の通路にあたる沖縄南西諸島は梅雨から秋まで海水の飛沫を含んだ風が吹きまくるから「海水の塩分による腐食」がひどい。これは軽トラだろうがベンツだろうと同じだ。沖縄の平均的なクルマは軽自動車になる。移動できればいいのだし...何でカッコつけるの?という納得の理由である。
伊豆はどうか.....
伊東までは一応JR...かつての国鉄であるけれど、伊東から下田は私鉄の伊豆急しかない。バスは東海バスのみ...チケットが高いか安いかの問題ではない。伊豆の人間にとって
本数の少ない公共の交通機関に頼っていたら家族の命も守れない。ごく自然に...クルマ社会になり、沖縄と同じように家族の人数と等しいかまたはそれ以上の台数のクルマが各家に駐車していることになる。
沖縄は長男が大学の4年間をお世話になったこともあり、非常にわがことのように思えてならない。バス・電車の公共交通が首都圏のように機能していなければ個人的・各家庭的に努力して補完しなければならないだろう。それがクルマだ。
買い物と通院。駅までの子どもの送迎。救急車の到着も待てないような切迫した家族の急病.....その機能を果たしているのが各家庭にある「クルマ」なのだ。
ガソリン税に始まって、クルマに自動車税・重量税など...言葉はわるいが「人の弱みにつけこんで」国は税金を取れるだけ取っているが...如何なものか。怨嗟の極致に達して「税金と必要性」のギリギリのbalanceでかろうじて止まっている状態のように思える。
国交省のお役人には郡部...公共交通機関が満足でない地域の実情が我がこととして感じられないのだろう。
沖縄も伊豆も...クルマに対する依存度がどれほど高いか...お国の担当部署にはお分かりいただきたい。都市部と郡部ではクルマの持つ意味が天地ほどもちがう。
その均衡を保つような政策と立法を心から願うしかない.....
神は絶えざる...祈りを聞き
涙にかえて......歌を給わん