進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室 の日記
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...そしてフナ
2025.01.28
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武蔵野の冬枯れは2月だ.....わずかに残る広葉樹林も全ての葉を落とし寒いことと言ったらない。埼玉県に住んだことがある人にはお分かりいただけるだろうが、埼玉県の西部は秩父連山に囲まれていて真冬には「秩父おろし」と言って凍えるような寒さの西の強風が吹き荒れる。
夏にヨシやカヤが生い茂り果てしなく広がっていた田んぼや池...ウナギやザリガニの宝庫だった沼もこの時期には想像すらできないほどの枯れ果てようである。地下の水脈が豊富だったから、真冬でも湖沼の水底からはコンコンと湧水があり流れ込む田んぼの用水路も小川も水温が下がっても凍り付くことはなかった。
「絶対に釣れないだろうね...」友人と私は夏に使ったフナ釣りの竿と仕掛けをもってあきらめにも似た心境で若干濁った用水路の水面を見ながら歩いていた。
エサはキジ(釣り用語でミミズ)だ。家の庭の落ち葉の下や大きな石をひっくりかえすと容易に獲れた。大雨の後に苦しがって出てくる小ぶりのウナギのようなドバミミズがいるがあれはウナギ釣りにしか使わないからダメ。フナはもっと上品なミミズしか食わない。
...土曜日の午後はあっと言う間に時間が過ぎる。冬の夕方はなおさらだ。
もう秩父の彼方に太陽が沈むなぁ...と思っていた瞬間だった。冷たいミルクコーヒーのような用水路に浮かべていた仕掛けの「トウガラシウキ」がほんの僅か...チョンチョンと動いたように見えた。
こういう時に釣り師は「ききアワセ」をする。これはサカナのアタリに確信が持てないときに「ゆっくり・かるく・しずかに」竿を立てる動作だ....海でも川でも同じだ。
釣りの頑固オヤジに仕込まれた通り私は本能的に瞬間..コレをやっていた。訓練とは恐ろしいものである。海釣りでアワセをしくじってサカナを落とすたびにゲンコツを食らっていたからこの時も「訓練通り」アタマで考えず体が動いた。
「ブルン!ブルン!」...夏から感じたことのない小気味よいサカナの引きが竹竿に伝わって来た。この時の高揚感...瞬間にしか感じられない幸福感は他の何にたとえられようか。
真冬の凍えるような寒さの中で釣れたのは15㎝にも満たない小さなフナだった。正確に言えば銀ブナである。より底生を好むキンブナは真夏にしか釣れなかった。
金魚はフナの改良であるから基本的にフナは金魚の水槽で飼育可能だった。自宅にたった1匹のフナを持ち帰り玄関の下駄箱の上の小さな水槽に飼った。毎朝「おお、フナ生きてるね!」と言って金魚の?エサをやってから学校へ行く。
学校が終ると急いで家に帰る....
「フナ...ただいま!」とまずフナの安否を確認する。
そんな毎日だった。
ある日帰宅して、条件反射のように玄関の水槽を見るとフナがいない!
家族の靴の間に落ちていた...何時間落ちていたのか。魚体の空気に接する半面はカラカラに乾燥して干物のようだ!
「フナ~!」(名付けておけばよかったが..)
泣き出しそうな気持でフナを拾い水槽に戻した。
いくら何でももうだめだろう....人間は水に溺れるけどサカナは空気に溺れるんだよ。そう言った父の言葉を思いだす。
ところが...ところが...である。
resurrection(復活)とはこのことか.....
10分間くらい水槽に浮いていたフナはやがてピクピク痙攣し出した。30分くらいして泳ぎ出したではないか!
フナの生命力はかくも強いのか.....小学校3年だった私は嬉しさに泣いた。
いつまでも涙は止まらなかった。