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読書は...

2021.05.13

以前は自分も学校の教員と同じようにタテマエばかり言っていた。

その一つが「読書」

「読書しないと国語の力はつかないゾ!」という言葉。

この場合の国語力とは「長文読解力」がmainで、続くのは「文章の前後関係から漢字・熟語の意味を類推解釈する力」だ。漢字はご存じのように「表意文字」だから読めなくても意味は分かる場合が多い。本を読む機会が多くなるとこの「言葉の意味」を実際の用例の中で知るようになり、自分の言葉もまた磨かれて行く。

ただ....本当に今の世は努力しないと読書の機会は永遠に失われる。

その決心に立ちはだかるのはSNS。

朝起きたらLINE、次にPCをON。Newsを見て次にFace Book...となるのが一般的ではないだろうか。電車やバスの中でもスマホをじっと見ている。昔の公共交通機関の朝の風景はオジサンたちはスポーツ新聞、学生は受験関係で英単語の暗記カード、どちらでもない人は単行本の文学書を読んでいた...忙しくも懐かしい一瞬を思い出す。新宿から目黒までの山手線のなかだった。

今はどうか...99%の乗客はスマホに埋没していて自分が降りる駅が近づくまで周囲を見ることもなく小さな画面を見入っている。すばらしい集中力だ。

たまに芥川や夏目漱石あたりの文学書を手にしていると、それだけで異様なものを見るような視線を感じる。通勤通学の車内で乗車中はスマホを見ること・いじることが周囲に溶け込む「踏み絵」のようだ。

これでイイの?

どうして日本人はここまで「横並び」が大好きなんだろう?
まわりと同じでなければなぜ安心できないんだろう?

それが日本の最大の特徴であり長所。
一方で最大の国際的に有名な弱点でもあることを多くの日本人は自覚していない。

Americaなんて、初めから他民族・多宗教・多言語のmixed cultureだから周囲が自分と全部違うのが当たり前。その中で如何にトラブルにならないかをいつも臆病なくらいに気にしている社会だ。New Yorkの地下鉄なんて寝ている人間や出勤前の書類に目を通す人もいれば、隣の車輛では恐喝や傷害事件が現在進行中...これが普通だ。

またドンドン話がずれて行ってしまう。

閉話休題としよう。

自分の場合、最低限に必要な情報を知るということは仕事上も避けられない。それ以外の毎日の生活時間の中に意識して「本を読む」時間をつくらないといけないなぁ..と思う。

さもないとPCでもスマホでも目が疲れて気分が悪くなり...遂には片頭痛が始まるまでのめりこんでしまう。

PCは過去の膨大な情報を提供してくれるが、知り得ぬ情報・事実に基づいた将来未来の予測はできない。人間で言う「勘」で予測することがtabooとして組み込まれている。

とすると自分にとっていちばん不安な「自分がどうなっていくのか?」という部分についてのアドバイスも情報提供もできない。

よくPC・AIの限界を説明するのに水平線の理論がある。

これはPC・AIは人類過去1万年の情報を提供して、選択肢を人間(..user )に示してくれるが、情報がない部分については無言となる。

海の水平線まではPC・AIの知り得た情報の世界だ....ではその見えない向こうは?

そこは人間にしか立ち入れない世界だ。予想...希望と不安の混沌(カオス)の世界である。過去の確認された事実でしか対応できない人間のtoolであるPC・AIには認知できない世界である。

余りにも便利で役に立つPC・AI....SNSの世界を人間は絶対のようにあがめているが、それらは所詮はTool(道具)であり、人間が長年かけて作りあげたということを忘れないように気をつけよう。

主体は人間である。主体(master)である人間が道具(tool)に仕えてどうするのだろう。

その主従の別を明らかにし、新たな発想を与えてくれるのが「読書」なのだ。

先人の魂はそこに生きている。

昔、史学科でお世話になった恩師の言葉を思い出す.....

「本を読むことは優れた人間と会うのと同じことです」

blogもほどほどにして、朝の1時間を自分の自由な読書の時間にしようと思う。



名著である。






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