進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室 の日記
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知床の羅臼にて
2021.02.06
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真冬の知床はまともな日本人の感覚ではもう計り知れない世界だ。
知床では羅臼に宿をとり驚くほど美味しい北海料理を食して、早めにベッドへ。この歳で知らない土地の長距離運転はこたえる。グッスリ眠って明け方に一眼レフを持って羅臼の港に行ってみた。
宿を出てすぐ近くの川にかかる橋から眺めてビックリ!でかいボラだなぁ..と思って見ていた橋下の魚群はすべて「サケ」だった。川幅10mもない小河川なのに波打ち際から無数に見える大きなサケが遡上してくるではないか。
海と船に興味があるから見ていて飽きることを知らない。...そうか羅臼の小形漁船は「タコ漁・コンブ漁」で日常的に出港しているんだな。漁船ごとにそれぞれの漁の許可証が見やすいように旗に掲示してある。
これが知床の最北端の町「羅臼」の港。宿は中央防波堤の付け根あたり。
水平線に見えるのは雲ではない。国後島と択捉島である。羅臼から見るとtransitになって重なって見える。
このあと知床峠に登り北方(正確にはNNE)を見た。国後島が見える。そう...伊豆から大島をみているくらいの距離に感じられた。その後ろには択捉島だ。
これをみて何も感じないなら..もう日本人ではない。
私と同じview pointで写真を撮っていた人たちが興奮して叫ぶ「アレがロシア領だって?フザケルナヨ!」
本当に目と鼻の先なのである。
終戦近くのどさくさに紛れて北方領土に...いや本当は「千島列島」に日ソ不可侵条約を一方的に破棄して上陸占領して76年間が過ぎた。
いやいや...その前に明治初期の日露の条約で「千島・樺太交換条約」が結ばれた。これは日本人・ロシア人・アイヌ人の雑居地だった樺太をロシアに譲る代わりに日本の千島列島の保有をロシアは認める...と言う非常に双方の利にかなう条約だった。
その後、日本はご存じの日露戦争に辛くも勝利した。
日本は終戦の条約として「樺太の南半分」を日本領としたのであった。
これらの事実は「2国間の国際条約」である。国際条約が如何にその遵守の責任が重いものか...国の威信にかけて守るべき性質の国家間の約束。それが国際条約だ。
ソ連、現在のロシア連邦はその条約をことごとく破り、終戦時に千島列島に居住していた日本人をことごとく殺戮して財産と土地・建物を奪い取ってそのまま駐留している。
日本のメディアが何故か報道も検証もしていない北方領土とはこのような歴史をもつ。
日本の外務省はひたすら「波風を立てないように」をすべてのよりどころとする省庁だ。
ロシアとの外交ルートの維持に力を持つRussian school(ロシア派)が対ロシアの実権を握る。
政府の中にも同様にロシアとの「現状における共存」を第一に、歴史的な条約違反や日本人虐殺の件には一切触れようともしない政治家とグループが存在するから困ったものだ。
こういう歴史上の悲惨な事実を何とも無視して、当たりさわりのない個人の「旨いもの歩き」とか「料理のrecipe」をSNSにのせて全世界へ発信もいいだろう.....
私はダメだな。
この非常時に(失礼)....自分の心に蓋をするのはムリ。
現実を考えよう。
単純に「北方領土を帰せ!」とか「ロシアとの平和共存を!」と割り切れる問題ではないと思う。そこには戦後75年間を住み継いだロシア民間人が今なお暮している。
江戸時代からのロシアとの関わり合いを調べ、なおかつその歴史を勉強して知るべきではないか。何も知らずに感情的になっての主張を繰り返しても仕方ない。
前述のように、ロシア中央政府の移民政策によって「最果てのクリル諸島」にもロシア人が多く居住し始めた。
もし将来に国際情勢が大きく変わり、千島列島を一括日本に返還...になったら戦後80年近く移住して生活しているロシア人をどうするのか?
ただ...国際条約をたび重ねて破ったとか罪もない千島列島にいた日本人を殺害した..その罪を追及するだけではなく、ひとたびロシアと本気で「国境画定作業」に日本政府が臨む気があるなら、ここまでを含んでロシア側と協議してほしい。
現状を無視して、理想論を述べても何の解決にもならない。
批判するだけの姿勢は個人の人生だけでなく、国をも危うくする。