進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室     | 日記 | 吹雪の峠道

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進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室     の日記

吹雪の峠道

2020.12.18

ニュースでは関越自動車道で大雪のため先頭車両が動けなくなり、後続車両もstop。30時間も吹雪の中に閉じ込められている。道路公団・警察・消防の力では1000台近い車両に乗る人間の救出はムリ。ついに新潟県知事が自衛隊に「災害対策法に基づく自衛隊の災害派遣を申請」した.....

このニュースを聞いていて遥か昔の自分に起きた事件を思い出した。

若いころにあるきっかけから自分は西伊豆に「塾」を持っていた。片道50㎞は距離としたなら大したことはない。でも伊豆半島はup-downがきつい地政学的難点がある。

この西伊豆の教室へ行くには2つの峠を越さなければならない。亀石峠(または冷川峠)と戸田峠だ。特に戸田峠は箱根と同じ1000m近い高度があり、冬期には日陰のカーブなどいつも路面凍結していた。

あれは20代の終わりのころだったか、塾で授業していると外は冷たい雨が降り出した。授業が終わって午後10時にクルマに乗った....

ウワッ...これはマズイ。雨は気温の低下で霙(みぞれ)に。

この分だと達磨山の上りの路面にドンドン雪が積もる。時間との勝負だ!

はやく戸田峠を越さないと...(早くか..速くか?)

若い私は焦った。

案の定、路面の雪はどんどんその深さを増していく。自然は非情だ。人間の都合や感情など一切考慮してなどくれない。

その時に乗っていたクルマはFF(前輪駆動車)だったから、一般のFR(後輪駆動)のクルマよりは雪道に強かった。(4WDではないし当時は今の冬タイヤは開発されていなかった)

そんな思いもあって、若さに任せてガンガン吹雪となった達磨山を上って行った。若さと経験不足くらい怖いものはない....戦時中に士官学校を出たての少尉が一番戦死する率が高いのと同じ論理による。

やがて県道は急斜面の上りに入った。ご存じの方はお分かりと思うが、伊豆の山岳地帯は急斜面+急カーブの道がほとんどだ。日光のイロハ坂なんて「あまい」。

とうとうFFのクルマも前輪の駆動輪がスリップし始めた。ハンドルとアクセル・ブレーキで制御できなくなった.. unable to control!極めて危険!

クルマは頭を左右に振り出した。

人間とは、かくも愚かなものだ...

それでも雪の中をアクセル(日本でしか通じない語)を踏み続ける。とうとう動かなくなるまで。この心理はクルマを運転しない人にはわからないだろう。

当時の私もまさにそれだった。

戸田峠の手前の一番カーブと傾斜がきついあたりで遂にクルマは前に進まなくなった。

そう、前輪のスリップだ。

それならなんで「冬タイヤ」にしておかなかったんだ?と思われるかもしれない。残念ながら...当時はまだ冬タイヤはこの世に存在しなかったんだから仕方がない。

スマホもガラケーもパソコンすらない時代だった。

じゃあ、どうするの?

あとは海軍精神ではないが...「死にもの狂いの努力」で活路を見出すしかなかった。

私は駿河湾から吹き上げてくるマイナスの強風の吹雪を全身に浴びながら、積雪で凍結した急斜面の路上でクルマをジャッキアップに挑戦。

タイヤチェーンだけは積んでいたから「タイヤにチェーンを付けられれば...修善寺まで下りられたなら朝までには生きて帰れるだろう...」と本気で考えた。

一台のクルマも来ない真っ暗で凍結した風速25mの急斜面には立っていることさえも難しい。

それでも意地になって粗末な車載工具とくらい懐中電灯(DC3Vの豆電球はLEDじゃない)でジャッキアップには成功した....が急斜面の積雪凍結路だ。

角度がついたクルマは「ズズ...ズズッ...」と重力のモーメントに引かれて異様な音を出しながら斜面を滑り出した。

ウワッ!

フザケンナヨ!  

想像していただきたい..星も月も見えず街灯など一切なしの海抜900m近い山頂の積雪がさらに凍結した深夜の県道だ。

今回の関越自動車の事件は前後に他のクルマがいるなかで起きたから外部からの注目度も高いし、最悪の場合は自衛隊の災害派遣となって救出してくれるだろうが...遭難も数は力なんだろうか、個人レベルのこういう場合は地元の警察・消防が動くのみ。あとは民法・刑法で言う「自力救済」で生き残るために頑張るしかないのだ。

「泣き出したい気持ち」とはこのことか!?

軍手をした手は濡れて寒風にさらされ凍り始めた...すでに感覚はない!

戦死した伯父やオジイチャンの顔が見えた...オレはココで死ぬのかな。

ジャッキを緩めてクルマが滑りださないギリギリの角度のところで止めた。

感覚の無くなった両手で意地になってチェーンを付けることに成功!

やったぞ!これで生きて達磨山を下って行けるゾ!

日本人的に...バンザイ! 西洋的に'..Blessed be the name of the Lord 'だった!

時速10㎞で注意しながら、ヨタヨタと戸田峠を越え修善寺へ下りたころには日付が変わっていた。

そして伊東の自宅へ着いたのはもう明け方近かった。

若き日の思い出である。

静岡県道18号修善寺戸田線(静岡県道127号船原西浦高原線との共通区間)の戸田峠、静岡県伊豆市と沼津市の境界(2017年2月7日撮影)

PS:真冬...特に1月末~3月上旬はこの付近「積雪と路面凍結」に注意しよう。


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