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進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室     の日記

航空灯台...?

2019.06.11

大海原を行くフネには「灯台」は必須の「航路標識」である。

自分もかつては「灯台」を軽く見ていた...と言うよりは「灯台」の果たす役割をまったく知らなかった。

転機が訪れたのは20代の頃に挑戦して取った船舶操縦士免許だった。その頃の船舶免許は今より細分化されていたし、座学も実技も驚くほどキビシイものだった...でもその厳しさが「海技」に絶対必要な緊張感をもたらしていたことを懐かしく思い出す。

そのご、5年ごとの操縦免許の更新だけはしっかりやっていた。

その過程で勉強をチョット重ねて試験を受ければ「実技試験」が免除で4級船舶操縦士から一挙に「1級船舶操縦士」の免許を取れることがわかり、がむしゃらに再勉強した。

そこで塾生OBのTK君と机を並べて勉強するとは思いもしなかった...

座学で「灯台」のもつ重要な意味を学んだ。「各灯台は灯光・灯質...」がすべて異なること。国内だけではなく全世界の「灯台」が....沖を行く船舶の安全のため「光による識別信号」を送り続けいることがわかった。

そして各灯台はその「光の色」・「光る間隔が何秒か」・「灯台が見える海面からの高さ」によってそこが何処の岬なのか...を海図に示された通りに「光の信号」で沖合のフネに知らせているのである。

フネは特に夜間航行と荒天時の航海では沿岸の灯台の「光」を分析しつつ安全な航路を進むわけである。

飛行機にもかつては「灯台」が必要な時代があった。

今の飛行機のような「レーダー・GPS」がない時代。そのころはもちろん飛行機が通過する定点を教えてくれる「ファンマーカー」や水平に着陸路進入しているか...を警告してくれる「イコライザー」なんてない。

全てはVisual navigation(有視界飛行)の時代だ。そう...プロペラ機の時代。

3座(3人乗り)の単発機(エンジン1つ)や大型の輸送機・爆撃機には「航法士」が乗り込んでいても特に夜間飛行の場合には「離陸したはイイが...いま自機は何処を飛んでいるのか」は恐怖となってpilot(操縦者)の心を占めていたそうである。

そこで国内には船舶用の「灯台」のほかに「航空灯台」があった。

航法士(Navigater)の計算通りに飛びながらも、偏流や季節風でズレる針路をこの航空灯台によって調整しながら当時の飛行機は飛んでいた。

そのほとんどが1945(昭和20)年に廃止。

それは、その敗戦の年に急速に航空機の飛行補助+援助の前述の航法補助のシステムが稼働したからではない。

その逆だ。(今風の若者言葉なら:真逆)

日本を占領した米軍主体のGHQが「日本人が操縦桿を握って空をとぶことを禁じた」からにほかならない。

....すべては朝鮮戦争の勃発でかわった。

旧軍人や先の大戦時の政治家は復職・復帰して規制は解かれた。

羽田空港は米軍から復帰、Americanのパイロットながら民間航空も再開された。

ここから...昭和44年まで「航空灯台」に新たな命が与えらえ存続したものもあった。

清水に行くたびに必ず「三保灯台」(航空灯台)を訪れることにしている。






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