進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室 の日記
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The words you can't say...
2019.04.14
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この世には禁句がある....We have some forbidden words to say.とでも言ったらいいのか。
例えば「相手の容姿」だが、その人の身体的特徴を面白半分に言ってはならない。何故なら、人間的努力ではどうしようもないことだから。
遥か昔に自分にも若いころがあったが、様々な事情で自分には英語圏の外国人の友人が多かった。居酒屋だったか何かのpartyだったかよく覚えていないが、何かのはずみで友人のAmericanに「ニシカワ、その気持ち悪い黒い目でこっちを見るナ!」と言われたことを思い出す。Asianで日本人だもの当たり前だよ!
「なーんだ!自分たちだってサバみたいな目をしてるじゃないか!?」と私。
あとは日米開戦であった....ああ、ここが日本でよかった。アメリカなら即逮捕される。
The words treated me bad.(その一言で深く傷ついた)
近頃であるが似た例を身近に見た。
高齢のためにミスをした老人は「リハビリでもやってろ!」と言われた。彼は大人だったから何も言わずに去って行った。どれほど悲しく悔しかったことだろう....心中を察するに余りある。
自分がすべての基準、自分を絶対化した愛無き言葉だ。CriminalではないがSinfulだ。
最も注意すべきは....その一言が自分中心、自分を絶対の価値基準とした言葉であることに本人はまったく気づいていないこと。
同時に相手の心理・立場への思いやりに欠けることが、慢心した人間には到底理解できないことであろうことだ。
大昔の藤原氏がそうだった...「望月の欠けたることの無き」と歌った藤原氏に苦しみ・悩み・悲しむ民への思いやりがあったろうか?
人生に欠けたものを経済と物質によって補うことはできない。人間をバカにするな。
人間は条件や環境さえよければ幸福と思うなら、それもまた自己責任であろう。
ただ、自分はいいだろうが...その過程で人を傷つけないでほしい。
私自身も単純である。極めて危険だが多くの場合「本能・心」の命じるままに生きて来た。その瞬間に利害や損得をまったく考えなかった。それこそ父が後悔したことだったから.....
私の友人にも病者は多い。
わが友の若いころの活力あふれたころを思い出すと悲しいが...仕方ない。
すべての病者、弱きもの...には憐れみを。
今を謳歌しても、やがてはその中に自分もいるであろうことを考えなくては。
