進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室 の日記
-
F先生の思い出...
2017.12.07
-
毎年だんだん冬の寒さが増してくる今頃になると思い出すのはF先生の面影である。
F先生は私が中学2年の時の数学の教科担任の先生だ。
先生はどんなに遠くから見ても間違えない....いくつかの特徴があった。
学校の教員は今も昔も汚れることを考えまたall purpose utilityを考えて一様に黒のスーツを着ている。でも先生は当時としては極めて珍しいダブルのスーツを着ていた。
それも上品な鶯色だから目立つ。
でも先生はいつも元気がなかった。寂しそうに数メートル先を見ながら、うつむき加減に歩いていた。保体の先生が私たち生徒をどやしつけながら自転車で走りまわっていたのとはどう考えても対称的であった。
あとから聞いたのだが、F先生は奥さんと離婚。一人で暮らしていたそうだ。お子さんがいたかどうかは定かではない。
何故かわからないが授業中や放課後に先生から話しかけられたことを恰も昨日のことのように思い出す。
このあたりは時空を超越した記憶なのでご理解いただきたい。
「ニシカワ君、昔の数学は代数と幾何と言ったんだよ。わかるね?」「三角形と円は図形のすべてと思って勉強するとイイよ...」
など数学の教員なら誰でも言いそうな言葉だ。
でも先生は私の目を見て確認するかのようにゆっくりと話した。それも力強い視線のなかに限りない悲しみが見えたから決して忘れられない。
「ニシカワ君、キミは語学は好きかね?」と授業中に..確か三角形の合同条件の説明をしている最中に先生は突然私に尋ねられた....これには驚いた。数学になんで語学が関係あるんだろう?
瞬間...いろいろ思ったが「はい」とだけ返事をした。
「そう。それなら安心したよ。ボクは大学時代に卒論指導教官の教授からF君は語学はすきか、と尋ねられてこまったことがあってね....語学(英語かドイツ語)がダメなら何をやってもダメだと言われて困ったんだ。ボクは専門の数学ばかりやっていて英語もドイツ語もいつもギリギリの成績だったからネ...」
まさか、先生のその一言で自分が遥か将来、英語を専攻して高校英語の教員になるとは思いもしなかった。本当は母校の大学でT教授について歴史学を専攻したかったのだが....まあいいだろう。
人の運命などコロコロと残酷なまでに変わるんだから心配していたら身が持たないゾ....とは旧海軍航空隊だった伯父の言葉。
F先生はどうやら毎日「酒」を飲んでいたらしい。
自分も酒は飲む。その限界を知って仕事と生活に支障がなければ許されるものだろう。
先生もその許容範囲だったが、しっかり食べなかった。その状態で飲んでいたことがかなり先生の健康を害したとのことだった。
冬の寒い最中(さなか)に誰もいないアパートに帰る....
一人であける部屋の鍵は重たい...だろう。
私もようやくそれがわかる歳になった。
F先生は私が中2の冬のある日、授業中に倒れた。その瞬間を今でも思いだす。親友のSG君が職員室へ急を知らせに走り間もなく校庭を横切って救急車が来た。
その後、数年を経ずして先生は亡くなったそうだ。
私は転校して都内の中学にいたから知らせは友人から聞いた。
「忘れない...」これは死者に対する最大にして唯一の礼儀だろう。
死者にも憐れみを....これはむかし若いころにお世話になった老神父さまの机にあった言葉である。
F先生、覚えていてくださいますか?あのニシカワは心から感謝しています。
R.I.P. Mr.F