進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室 の日記
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恩師....
2023.02.20
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私は本当に幸せ者だ。
幼稚園から大学まで本当にお世話になった先生...生涯忘れられない先生方を覚えている。
記憶の瞬間瞬間を児童・生徒・学生だった自分は今この瞬間のように敬意をもってanamnēsisできる。アナムネーシスとはギリシア語で「過去の存在・瞬間を今ここにあらしめる(存在させる)」と言う意味だ。
私の記憶の中で....もう歴史の彼方だから実名で構わないだろう...埼玉県の幼稚園の桜井先生の穏やかで優しいimage、小学校低学年の担任だった小川先生はご主人を先の大戦でなくされてお子さん二人を教員をしながら育てられた母の親友でもあった、中学校の矢島先生は野球にその青春を注がれた。英語を教えてくださった恩師。伊東に転居してからの中学校の松本先生は社会専攻の先生で担任だった。私が後日...何か人間を育てる仕事をしたいと思ったのは先生の影響そのものがあったからだった。
東京の港区高松中学から伊東の南中へ転校した当時14歳の私にはすべてがカルチャーショックだったが同時に偽りのない真実の世界でもあった。転校して入ったのが伊東の南中学3年5組。松本孝先生担任のクラスだった。伊東の中学校のわずか1年間に私は自分自身が180度のコペルニクス的転回を遂げたのも先生のおかげだった確信している。
一番はっきりとした記憶に残るのは...卒業式のあとほとんどの生徒父兄が帰ったあとのこと..何か忘れ物をしたように思って私が教室に戻った時のことだ。
もう誰もいないはずの教室なのに、松本先生は教卓にうつむいて座っていた。いや....誰もいなくなった教室の一人一人の生徒の机を見ていた。クラスの全員のそれぞれを先生は思い...泣いていたのだろう。
私はショックだった。松本先生でも泣くんだろうか?なぜ泣いておられるのか?
それはさっきまで座っていた生徒の一人一人に思いを馳せてのことに違いない。
私はこの瞬間に「どんな仕事でもいい...人を育てる仕事をしたい」と思った。
思った以上だ...その仕事をしなさい という神の声だったように思う。
神は松本先生を通じて私に語ったのだろうか....?
そのロゴスに従って伊東で生きている。
大学の恩師.....先生方についてはまた。