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進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室     の日記

夏のメジナ

2022.07.27

関東圏ではメジナと言い関西ではグレとかクシロと呼ぶ。日本では同じサカナが地方名で違うことが多いが、自分は何かその地方の自然と魚種の名が絶妙にmixedされて心に残るから不思議だ。

ここでは伊豆~房総の関東圏で話をしようと思う。他の地方ではメジナ釣りをやったことがないのでご容赦いただきたい。

どのサカナも釣りあげた瞬間の姿は本当に美しい...綺麗ではなく美しい。「キレイ」なんて言ったらサカナが怒る。

メジナは目が美しい....人の白目の部分にあたるところが薄い透明感のあるblue。
そこにくっきりと黒目の瞳がある。

その躍動感ある魚体はかかった時に素晴らしい引きを見せる。

メジナには忘れられない想い出がある。

あれは半世紀以上も前の遠い夏の日だった....まだ湾岸道路もディズニーランドもない昭和の昔。ようやく首都高と東名だけ開通したばかりの頃だった。

中小企業を経営していた父はやめればいいのに「おい、一喜(私の名)。明日から外房へ釣りに行くから支度をしておけよ」と来た。

ここで嬉しそうな顔をしないとガツンと頭を殴られるからコワイ。

もちろんクルマにエアコンなんてない時代だ。当時の東京から外房(千葉県房総半島の太平洋側)まで行くのは大変だった。まず誰も行かない.....地の果てだもの。

まず。なんとかして今のお台場あたりの東京湾まで行く。海沿いに出ればいいのだった。

あとは「木場(きば)」と言う湾内の貯木場を左手に見ながら千葉..木更津と進むのだが陽が上ればもう大渋滞になる。これがタマラナイ...感激ではなく耐えられないの意味。

富浦の大房岬まで来て小休止したときには..もはや親子して茫然自失の疲労。

2~3時間寝てしまう。.....そして見た外房の海の色は今でも忘れない。東京湾や松島の海とは違う。澄んだグリーンと濃いブルーの亜熱帯の海だった。

ココは日本なの?

房総半島を先端の野島崎をまわり目的地の外房勝浦には夕方着いた。宿泊先の三日月ホテルに母と生まれて間もない妹を置いてホテル下の磯へ!

夜の勝浦湾は凪だった。月が明るく海面を照らしていたから月齢は半月~満月の間だったろうと思う。

30分...なかなか釣れない。1時間たったころだったか「ゴゴ..ゴゴ...ガツン!」という感じのアタリがあった。小3の私はわけもわからずただ反射的に「アワセ」た。

ガンガン引き込まれる....海に落ちそうになる。

「お父さーん。なんかサカナがかかったよ!」

「そんなわけないだろ!それはでかいホンダワラか海藻がひっかかったんだ。ハリスが切れないようにゆっくり上げるんだぞ!」

「........なんで海藻がガンガン引くんだ?!」バカ親父が。

磯の岩の上に生えたアオサで海へ滑り落ちそうになりながら必死にリールを巻いた。
親父が散々使い古した昔のオリンピックのスピニングリールだもの...すぐに巻き上げの限界になりハンドルが回らない。親父はああ言ったら絶対に助けてなんかくれない。

仕方ないから...竿を担いで陸に向かって数歩あるいては戻り、その分をリールで巻くというやり方でサカナ(?)をなんとか磯の足元まで寄せた。

手に食い込むハリスの痛さをこらえながら月明かりにぶら下げて見た。

それは生まれて初めて釣りあげたメジナだった。

体長53cm。重さは測らなかった。


夏のメジナだ...誰でも磯臭くて嫌がるはずだが、クーラーボックスの氷で冷やしながら持ち帰ったところ、叔父(父の弟)が魚好きで是非にもくれと言う。

翌日聞いたところ、叔父は自分で甘辛ショウガで勝浦のメジナを煮込んで骨までオイシイと完食したそうだ。この叔父とは幼稚園の頃にニジマス釣りに小学校の時に木更津へハゼ釣りに行った。

懐かしい夏のメジナの想い出はただこれ一つ。かけがえのない宝物のような想い出。
大人になってからこんな想い出が自分を支えるとは思わなかった。

メジナの形態写真

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