進学セミナー西川塾 城星教室 / 十足教室 の日記
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病的なまでに.....
2017.10.18
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毎日中学生高校生を教えていてつくづく思うことがある。
それは今の子供たちが「暗記しない」ことだ。
とにかく「覚えること」にもうどうしようもないくらいのstressを感じるらしい。おそらく小中高校の学校の教育現場ではさらに深刻のハズだろう。塾なら一応、何とか勉強ができるようになりたいと考えて通ってくるのだからまだ救いはある。
それでいて「暗記はイヤだ」「覚えるなんてできない」と言う。
だから数学の計算以外のほぼすべてが伸びていかない。特に積み重ねである英語には顕著に結果が出る。
外国語なのだから「単語と文法」を覚えなければ誰が何と言おうとどうしようもない結果になる。なんで20年くらいまえから「木を見て森を見ず」の英語の勉強ではダメだとか「使える英語」を教えてくれ...なんて言っているのだろう。
これはある決定的な条件を無視している。
それは自分たちが「日本人であり日常的に日本語だけで暮らしている」事実である。きちんとした外国語を読み・書き・話し・聞く...と言う力を身につけるには外国人である日本人には地味ではあるだろうが単語を覚え、それを運用する言葉のルールである文法を学ぶしか道はない。
ああ....覚えるなんてイヤだ。何か他に楽な方法はないのか?
と迷うと真面目な人間は「...の英語勉強法」とか「私は...で英語を身に着けた」のようなHow to..本を買って来て読むだろう。さらにそれもイヤだという人は「聞いているだけで英語がペラペラ(?)になる学習法」なんていうところに目が行ってしまう.....
私はそのどちらも否定しない。心が痛むくらいその気持ちがわかるからだ。
何を隠そう....私も幼稚園に入る前からアメリカ人経営の英語学校にいたけれど、中学に入ってからは逆にspeaking・hearingだけでは日本では通用しないことに焦りを感じて多くの当時出版されていた「英語学習法」の本を探しては読んだことを思い出す。
ショックだった.....
結局のところ「使える英語」と言うのは現場のneeds(ニーズ)なのであって、日本人であれば簡単でよいから自分の思うところを「英語で話し・書いて文章にできる」までの英語の力を身に着けて、高校・大学という「学校を出る」こと。
さらには英語で何とかしようと考えるなら「中学高校の学校英語の教員資格」とか「通訳案内業」と言った具体的な形にしないと、単に英語ができるだけでは全く日本社会では評価されない...その事実が冷厳なまでに存在するのである。
ずいぶんと話がそれたが、この根底にあるのは「瞬間の理解」ではどうしようもない...という真相をお分かりいただきたかったことからの英語学習での一つの例である。
生徒たちを見ていて気付くことは「勉強はわかるようになることだ!」と思い込んでいることでもある。これが私が危惧する「瞬間の理解ができればそれでよいのか?」という究極の部分でもある。
大変失礼ながら、ご父兄のなかにも「わかるようになるのが勉強」とお考えの方もいることと拝察するけれども、是非にもそのお考えをもう少し進めていただきたいと思う。
かけ算の九九を覚えれば計算がとてもスムースに進むように、語学の英語でも人称代名詞の格変化...I my me mineのような部分は文句なしに覚えなければ、その先どうしようもないことは誰にもわかると思う。
今の子供たちはこういった「暗記事項」を嫌がり、非常に軽く見る傾向が強い。
社会の影響だろうか...「いま、この瞬間が何とかなればイイ」「今、自分がわかればいいんだ」と考える生徒がいかに多いことか....。
この間なんて「暗記の大切さ」はわかったので「どうすれば簡単に覚えられるか」を教えてください..という質問というかお願いがあった。
そうではない....ちがうだろう。
方法論をどこまで追求したところで自分の本質的な部分の向上などない。
国語がダメだと全てダメという否定できない事実はこれを裏付けている。
「目からウロコの...」なんていう言葉自体が人をバカにしていないだろうか。